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2015/03/07

西武グループ中期事業計画(2015~2017年度)」策定から見る、今後の西武鉄道


http://v4.eir-parts.net/DocumentTemp/20150307_015752302_04ih0e55emluwd55p1pkbu45_0.pdf

西武ホールディングスが2月末に発表した、中期事業計画。これは2014年度からの中期計画を見直しという位置づけになっている。

では、鉄道に関係した部分を見ていくことに。

Ⅰ 安全・安心をベースとした、お客さま満⾜度の⾼いサービスの提供
・中井〜野⽅間および東村⼭駅付近等、新宿線の連続⽴体交差化着⼿
・池袋駅をはじめとし、可動式ホーム柵の設置など、駅構内におけるさらなる安全強化
・自然災害の被害最小化を企図した、鉄道構造物耐震補強
・池袋駅リニューアルなど主要ターミナル駅の利便性向上
・新型通勤⾞両の導⼊および新型特急⾞両の導⼊など


Ⅲ 地域イベント施策等による沿線内外からの誘客
・TVCMによる沿線観光PR強化
・観光列⾞の導入
・秩⽗エリアの魅⼒向上を企図した、秩⽗仲⾒世リニューアルなど
なお、上記施策等を実施することにより、3ヵ年⽬の旅客輸送⼈員は2014年度⽐約280万⼈の増加を⽬指す。

思えば、西武は2013年はサーベラスとの争いが起こり、その翌年に株式を上場している。サーベラスが裏で路線の廃止やライオンズの売却を迫っていたのが表ざたになった瞬間に態度をコロッと変えたのが印象的だったが、同時に銀行出身の後藤体制に疑問を抱かざるを得なかったのも事実である。堤一族の支配から脱却したのち、複々線化や地下鉄乗り入れなどは進んだが、本来持っていた西武らしさが失われつつあるようにも感じる。

そのうえで前記の政策を見ることに。

特に注目は新型通勤電車、特急電車、それと観光列車の導入である。

30000系は2015年度で予定数が製造を終えるため、次の2016年度が注目となる。2015年度に30000系は10両編成2本と8両編成1本の28両を新造している。今年度は3000系5本の40両を廃車にしていて、減車傾向にある。ターゲットは2000系になるであろうが、現在、置き換わる思われる2000系は8両編成4本、6両編成10本の計96両。丁度、今年度が-12両と仮定した場合、108両となる。2両編成は増結用として残り可能性があるのでここでは除外。また、ワンマン用101N系も屋根上の通風機撤去などを行っているため、除外とする。

ここで問題は6両編成の国分寺線だが、これは現行の2000系の4両編成+2両編成で対応出来なくもない為、新形式は現行と同じ10両または8両の固定編成と思われる。2000系をダイレクトに置き換えるとすると新宿線に配置される可能性が高い。

次に新型特急電車について。

現行の10000系は22年目に入る。その前の5000系が24年目で新形式誕生となった事を考えるとそろそろである。加えて足回りは40年前後経過しており、早急な代替が必要である。10000系は7両編成×11本が抵抗制御で、後から製造された12FはVVVFである。予てから地下鉄直通の特急への言及がなされていて、その場合は6+4、あるいは7+3も考えられる。ネックはホームドアだが、これも対応は可能であると思う。

最後に観光列車について。

4000系は27年目を迎える。これを改造して観光列車というのも考えられなくはないが、やはり新車が欲しいところではある。

東武は2016年までの中期計画で「東上線地下鉄直通列車の速達化(急行運転)」を掲げていて、2015年度・2016年度に何らかの仕掛けを行ってくると思われる。

2012/02/18

自転車通行環境のエリア整備計画






駅周辺の自転車が集中する地区において、面的な自転車通行環境の整備手法を検討するために、モデルとなる地区を設定し、東京都や関係区市と協力して自転車通行環境のエリア整備計画について検討を進めるものです。

道路交通環境の違いにより、都心地区、23区住居系地区及び多摩地区の3地区の整備を行います。

○ 都心地区 港区 品川駅港南口地区
○ 23区住居系地区 江戸川区 西葛西地区
多摩地区 小平市 小平駅南口地区

次に示す手法の中から、各地区内における道路交通環境実態に適したものを選択し、一体的な整備計画を検討します。

(1) 自転車道

(2) 自転車専用通行帯(青色カラー舗装をあわせて実施)

(3) 普通自転車の歩道通行部分指定(カラー舗装等による通行部分の明示をあわせて実施)

(4) 車道左側端の青色カラー舗装

(5) 自転車の通行場所を明示する法定外表示「自転車ナビマーク」の設置


という事で、小平駅南口周辺地域が自転車通行環境のエリア整備のモデル地区に選定され、自宅の直ぐ近くまで、この自転車ナビマークが設置されました。
で、3枚目は駅近くだけど、これじゃあ、意味無いんじゃないの?

2012/01/13

「川越3駅の一体化」について考える





JR・東武・西武の川越3駅に一体化案 埼玉

埼玉県川越市中心部の3駅を一体化する統合案を、市建築設計協会(前田勝之代表幹事)と、東京電機大学理工学部の岩城和哉・准教授の研究室が共同でまとめた。JR、東武、西武の各鉄道の乗り換えが不便だからだという。ただ、建設費や用地、既存の商店街への影響など課題は大きい。果たして実現の可能性は――。

 JR川越線・東武東上線の川越駅と、東武東上線の川越市駅、西武新宿線の本川越駅。この3駅の間で3線が交差する辺りの地下に統合駅を新設し、踏切をなくして地上部を緑地空間に変える。または、東武の2駅を統合して、西武との交差地点付近にJRの駅と別々に移し、各駅を共通コンコースで結ぶ。

 協会が2009年から練ってきた統合案は、そんな構想だ。

 本川越駅と川越駅は約1キロ離れているが、徒歩で移動する人は少なくない。周辺は踏切が多く、車の渋滞も激しい。統合駅を新設する案が最もすっきりする。

 一方、共通コンコース案は、人の流れが変わることに伴う既存の駅前商店街への痛手をなるべく抑えようと考えた案で、乗り換えの移動距離が200メートル程度で済むという。どちらの案でも、概算で3500億円程度の費用を見込んでいる。

 川越に初めて鉄道が通じたのは1895年。川越鉄道の川越駅(現・本川越駅)ができ、東京・国分寺駅と結ばれた。その後、1940年までに、当時の東上鉄道や国鉄の駅が次々と開業した。

 川越市史によると、統合の動きは、その当時からあった。市長、議長、商工会議所会頭らの連名で、「三線連絡ヲ画スルニ便宜ナル適当ノ地点」に新駅を設置するよう求める陳情書が、国に提出された。しかし、駅周辺の商店街は生活権が奪われるとして、反対の意思を示したという。

 その後も、「統合」案は何度か浮かんでは消えた。近年では、2005年の市議会で、当時の市長が「3線合同については、すでに前市長の時代にあきらめるということを表明している。川越市駅と本川越駅の連絡(道路)が今後の問題だ」と答弁している。

 前田代表幹事は「市の幹部にも説明したが、あまり関心はないようだった。地下化すれば、例えば川島町方面への西武新宿線延伸も可能になる。国や民間から資金を引き出すことに知恵を使うべきだ。暗い時代なので夢も欲しい」と話している。(菊地敏雄)

1/11付の朝日新聞に以上の記事が掲載された。

  川越は松平氏8万石の城下町で、江戸時代は新河岸川や隅田川の舟運が盛んであった。江戸へは穀物、野菜、木材、石灰を運び、江戸からは肥料や加工食品が運ばれた。石灰は青梅方面から馬で川越まで運ばれ、川越を中継地点として、所沢・飯能・越生・秩父方面と東京を結んでいた。
  1899年に甲武鉄道(現在の中央線)が新宿~立川を開通させると、地域子交通形態が変わり、新河岸川の各河岸は商圏の南側で大打撃を受ける。この為、翌年に川越鉄道が計画されたが、この時に川越からの発起人が一人もおらず、町としても一切関係が無いとまで言い切った。これは川越にとっては、鉄道が既存の交通秩序を破壊する存在ととらえた事もあるが、1893年の大火で市街地の大半が焼失して経済的な余裕が無い事も原因である。1895年に川越まで開通する。
  尚、この年に川越~大宮に乗合馬車が運行を開始、後に川越馬車鉄道となる。ここと翌年に設立された川越電灯が合併して川越電気鉄道となった。
  川越鉄道の開業で物資の集散地としての地位が低下し、変わって沿線の所沢や入間が新たな物資の集散地として発展した。が、東上鉄道の開通により、再び物資の集散地としての地位が向上した。ただ、既存の舟運は決定的な打撃となった。この時に出来たのが川越西町と川越町(現在の川越市)駅である。
  そして、1940年に東北本線と八高線を短絡して中央本線のバイパス線として川越線が建設された時に、川越駅が出来、同時期に川越西町も川越に改称している。

以上が3つの駅の誕生した経緯である。

元々、いわゆる「蔵造りの街並み」や小江戸と言われた、旧市街地に近いのは本川越で、この駅に近い東武の川越市駅が東上線の川越市での代表駅であった。この2駅は比較的近い為、通勤通学の乗り換えではよく利用されている。が、本川越駅の入口が東側にしかない為、西側にある川越市駅との乗り換えは不便である。
一方、川越駅は川越市の代表駅で、本川越駅とはクレアモールが実質的に乗り換え通路となっているが、混雑している事が多い。また、両駅間を走るバスは100円でこの区間は乗車できる。

で、実際の実現可能性だが、かなり低いと言わざるを得ない。特に統合駅が出来ると打撃を受けるクレアモールの反対が根強く、これまでも何度か議論されるたびにまとまらなかった。
筆者も大学時代は川越を利用していたが、この不便さは常に感じていた。だが、同時に統合は自分が生きている間は無理だろうとも思った。

今後の議論を注視していきたいと思う。

2011/11/18

「蒲蒲線」について考える

東京急行電鉄蒲田駅(東京都大田区)と京浜急行電鉄蒲田駅を結ぶ新路線「蒲蒲(かまかま)線」の設置を、東京急行電鉄が検討していることがわかった。東急電鉄が京急電鉄に乗り入れて羽田空港に接続することで、外国人客の取り込みをねらう。

 15日までに投資家説明会などで、蒲蒲線建設を本格的に検討し、国などに支援を求める考えを示した。両駅は約800メートル離れており、利用者からは、乗り換えに「不便」などの声が上がっていた。国は建設に前向きで、大田区が整備の効果などを調べていた。

 ただ、京急と東急は車輪の幅が違うため、幅を変えられるフリーゲージトレインなど新車両の導入が不可欠だ。東京都など関係者の合意も必要で課題は多い。
asahi.comに15日の深夜にこの記事が配信された。ただ、この記事にはいくつか事実誤認があるように思える。

「蒲蒲線」とは、運輸政策審議会答申第18号において「京浜急行電鉄空港線と東京急行電鉄目蒲線(現多摩川線)を短絡する路線の新設」として答申され、目標年次(2015年:平成27年)までに整備着手することが適当であると位置付けられた路線で、東急多摩川線矢口渡駅~蒲田駅間から分岐し、京急空港線糀谷駅~大鳥居駅間で接続する新たな短絡線=新空港線「蒲蒲線」を整備する計画である。
東急東横線は、平成24年度に東京メトロ副都心線と接続し、副都心線を経由して東武東上線、西武池袋線と直通運行を開始する予定である。
この副都心線方面からの直通列車を、東急多摩川線を経由して東急蒲田地下駅まで運行可能な計画とした。また、東急蒲田地下駅からは新空港線「蒲蒲線」、京急空港線を経由して羽田空港駅まで運行可能な計画とした。
東急蒲田地下駅では、同一ホームで乗換する計画とした。


以上は大田区のHP(http://www.city.ota.tokyo.jp/seikatsu/sumaimachinami/koutsu/kamakamasen/h22sinnkuukousenntyousa.files/22torimatome_web.pdf)に掲載されている「蒲蒲線」の概要であるが、東急多摩川線矢口渡から地下路線を建設し、東急蒲田に接続。そこから東急蒲田~京急蒲田(南蒲田)~大鳥居を建設する。実際、大田区役所の地下には、この蒲蒲線の通過を前提にした路盤が整備されている。この部分はまだどこが事業主体になるかは決まっていないが、今回、東急がこの路線に前向きな姿勢を示した。
ただ、この路線は図を見てもらうとわかるが、東急蒲田で多摩川線からの電車と蒲蒲線の電車が同一ホームで乗換する計画としている。つまり、蒲蒲線の電車はあくまでも東急蒲田から既存の東急の路線とは直通しない前提になっているので、軌道幅の違いの考慮やフリーゲージトレイン等も必要はない。むしろ、京急や東京都との調整の方が課題となるだろう。

また、18m3両の多摩川線の改良も必要になる。ただ、田園調布(自由が丘)~蒲田をノンストップにすれば、さほどの費用をかけずにはすむ。

この計画は蒲田をりんくうタウンとして整備したい大田区の悲願でもある。本年5月に京急のエアポート快特の系有蒲田通過に反発した事も、この計画が後退してしまうからである(筆者は妥当と考える)。実現すれば、東京西部や埼玉南西部から羽田空港へのアクセスは向上するが、先ほども書いたが、大鳥居の線路配置からしても蒲蒲線は京急空港線への乗り入れを前提としているが、自らの減収につながる京急がこれをのむかどうかはかなり不透明と言えよう。

2011/11/05

東京の地下鉄のサービス一体化に向けた取り組みについて

東京都交通局と東京メトロは、「東京の地下鉄の一元化等に関する協議会(第4 回)」
(平成23 年2 月3 日開催)での合意に基づき、サービス一体化を段階的に進めることとし、これまで、協議・検討してまいりました。
このたび、今後のサービス一体化の取り組みについて、別紙のとおりとりまとめましたので、お知らせいたします。(別紙については、東京都と同時発表しております。)
東京メトロでは、利用者利便の向上等の観点から、引き続き、サービスの一体化について取り組んでまいります。

1 乗換の改善
(1) 九段下駅の乗換改善(ホーム及びコンコース階の一部壁撤去)について、平成23 年中に着手し、平成24 年度中の完成を目指します。
(2) 乗換駅の追加指定(岩本町駅・秋葉原駅)及び改札通過サービス(春日駅・後楽園駅、市ケ谷駅)について、既に所要のシステム変更等に着手しており、平成24 年度中に実施します。
(3) 本郷三丁目駅の連絡通路整備、六本木駅の改札通過サービスなどの乗換利便性の向上につきましては、工事の施工方法、お客様の案内の手法、安全確保など、解決すべき課題について、引き続き検討・協議し、条件の整ったものから順次、実施していきます。
2 運賃の乗換負担軽減策
運賃の乗換負担軽減策については、具体的な実施内容や、両者の経営に与える影響、他事業者を含めたICカードシステムに与える影響などを検討してきました。
一方、平成23 年3 月11 日に発生した東日本大震災の影響により、東京都交通局・東京メトロとも運輸収入は大きく減少しており、経営への影響は避けられない状況にあります。
こうしたことから、今後の運輸収入実績も踏まえ、通算運賃制度や乗継割引の拡大等に関し、両者が具体的に検討を行い、取りまとめるものとします。
3 その他
震災等発生時において、各種情報提供を始めとした帰宅困難者対策や、両者の乗換駅におけるお客様の避難誘導、運転再開にむけた連携強化など、東京都交通局と東京メトロが一体的に取り組むこととし、その具体的な内容については、関係機関とも連携を取りつつ、引き続き協議していきます。



東京の地下鉄の一元化については、以前から指摘が有ったが、具体的な事例として、九段下の半蔵門線と都営新宿線の壁の撤去(猪瀬直樹がしつこいくらいに提唱)や秋葉原と岩本町の乗換駅等が挙げられた。
九段下は半蔵門線の押上方面と新宿線の新宿方面が同一ホーム乗り換えとなる。お互いのその先で交わる事はないので、見た目以上に使える乗り換えかも。

2011/10/30

西武拝島線の特急について考える


10月27日に西武鉄道より、レッドアロークラシックの一環として、西武新宿発拝島行の特急を1本走らせると言う。一週間のみだが、毎日運行との事で、かねてより拝島線特急を提唱した身としては喜ばしい限りである。

で、ダイヤだが、平日が19時42分発で拝島には20時32分。土日が19時40分発で20時29分。50分の所要時間となる。

一方、JRの青梅ライナーは平日のみだが、一番近い時間帯の「青梅ライナー3号」で、新宿発20時15分の拝島には20時53分。約40分で到着する。

こうしてみると、10分も余計にかかっている。特に玉川上水~拝島が各駅停車と同じ10分もかかっているが、これは単線区間が存在するためで、やはり運行となると、単線区間の複線化が絶対に必要である。小平~拝島では3分短縮だから、この区間は問題ない。
一方の西武新宿~小平だが、ここも急行とあまり所要時間は変わらない。せめて20分で走れないものだろうか。

2011/10/10

【10/8】フジテレビ抗議活動に参加 お台場篇






3回目のフジテレビへの抗議活動になります。お台場と有楽町の2か所で行われました。今回はフジテレビ前についてです。

今回はデモ行進は無しで、抗議文の手渡しとお楽しみ抗議活動(フジ社内の見学)が行われました。13時からという事でしたが、自分はこの日の2時半まで飲んでいた為、疲れた体に鞭を打ち、15時に到着。
フジテレビ前では水島社長が激こうしていました。前回の抗議文への回答が無かっただけでなく、今回も受け取ったが、「回答するかどうかを答える必要はない」といった発言が有ったようです。相変わらずの上から目線です。

そして、その後にフジ社内へと参加者が向かいましたが、水島社長は延々と演説を行っていました。

2011/10/02

渋谷センター街 バスケットボールストリート






9月26日に渋谷センター街に「バスケット・ストリート」が誕生した。

ん?渋谷とバスケットとなんの関係が有るのか。

イメージ戦略として通りにスポーツの名前を付ける全国的にも珍しい新たな試みを行うことにしました。
スポーツ振興と青少年の健全育成を基本理念に、国際色・ファッション性を考えあわせ5つの通りからなる、センター街エリアのメイン通りを『バスケットボールストリート』とします。

バスケットボールは世界の競技人口が最も多いとも言われており国際色が強いスポーツです。
また、センター街の通りの先には日本のバスケットボールの聖地である国立代々木第二体育館があります。
何より、当組合は以前より青少年の健全育成の一環としてスポーツ振興に力を入れ、bjリーグを応援しており、バスケットボールとの関係が深い商店街でもあります。
米国ではバスケットボールは、ストリートで発達してきた経緯もあることから、街のイメージを変える事に役立つものと考えました。

今後渋谷駅周辺開発により大型商業施設ができ、街も人の流れも変わっていくとおもわれます。
情報発信地・健康的な街・安心出来るきれいな街と来街者に楽しんでいただける、地域の特色を活かした新たな街づくりを目指し『バスケットボールストリート』にする事で、さらにスポーツ振興に力を入れ、青少年の健全育成に努めます。
5年、10年とかけてバスケットボールストリート、通称「バスケ通り」を定着させたいと考えています。

センター街のHPにはこう書かれていたが、結局はイメージ戦略なのね。

でもね、根付かないと思うよ、残念ながら。余程しつこいくらいにやらないと、結局、集まってくる連中にとっては「センター街」なのだから。

2011/09/12

9.11 原発やめろデモ!!!!!






11日に行われた、「素人の乱」反原発デモの様子です。

3か月間にもアルタ前広場で取材しましたが、明らかに人数が減り、明らかに左翼色の強いものになっていました。

用意された選挙カーは社民党のモノ(福島瑞穂も来ていたそうで)、出てくるのもいとうせいこうや制服向上委員会といった連中。それと、この画像を見て、まともな人が参加しようと思うかね。

2011/09/11

【頑張れ日本】9.10 尖閣事件1年!NHK糾弾!倒閣!国民行動






NHKに対する街宣活動が10日に行われました。ここでは、NHKでの活動を終えた後の渋谷駅前での街頭演説の様子を撮影しました。

動画はリンク先の「YouTube」にありますので、よかったら、御覧ください。

2011/08/23

フジテレビ抗議デモに参加した






21日にお台場で行われた、フジテレビに対する抗議デモに参加してきました。

今回のデモは最初に企画された、ネットで呼びかけの有った、有志によるデモとその後にこの事に共感し、デモを打った、「頑張れ日本」が時間をずらして行われた。自分が参加したのは後者の方。

最初のデモは年齢層が若く、初めてこういうデモに参加する人が多く、右翼色や特定の勢力を出来るだけ出さないようにしていた。この為、あくまでも「偏向報道」に対する抗議と言う事だが、その中には高岡ツィッターでの韓流批判もある。一方、後者は主催が「がんばれ日本」ですから、前者に比べて日の丸も多く、反韓流や反韓の色彩が濃いが、その中には「偏向報道」も入っている。

このように、この2つのデモは同じフジへの抗議デモだが、色合いが異なる。この為、この2つの間での見解の相違によるトラブルもあるにはあった。特に問題視されたのが、前者のデモが終盤に差し掛かった時に、そのフジテレビ前でチャンネル桜が街頭演説をやった事。水島社長はいつもの様にやっていたという認識だったが、これが右翼色をなくそうとした前者のデモ参加者の一部から顰蹙を買った。なにしろ、こういう事が初めてで、恐らくチャンネル桜を「街宣右翼」と認識したものもいたようで、尚且つそのタイミングで真の街宣右翼の「日本皇民党」が大音量を撒き散らしていったから、イメージが一気に悪くなった。それにしても、こいつら、本当に絶妙のタイミングで現れたが、それはこの2つのデモが効果が有った事を物語っている。

残念な事に、この件で抗議を受けた、水島社長は「今後は拘わらない」と宣言してしまったようだ。そうなると、次回が有った場合、前者のデモ主催者の力量が試される事になると思う。自分自身は2つやったからこそ、あの結果になったと思っている。

2011/07/07

町田市内に1新駅 小田急多摩線、延伸計画

新百合ケ丘(川崎市麻生区)―唐木田(多摩市)間を結ぶ小田急多摩線の延伸を希望している町田市と相模原市は、実現に向けた検討結果をまとめた。現在の終点駅・唐木田からJR上溝駅(相模原市)まで線路を約8.8キロにわたって敷設するという考えのもと、町田市内に新駅を一つ設けるとしている。


 開業は2020年としており、実現すれば町田市の延伸路線地域から新宿までかかる時間が現在の83分から50分に短縮され、上溝駅からも74分が52分になるという。ただし、事業費は概算で約950億円かかるなど、課題は多い。小田急側は「今後、より検討が深まることに協力していきたい」としている。


 多摩線は、新百合ケ丘駅で小田原線と接続。東京メトロ千代田線に乗り入れ、さらにJR常磐線にも接続しているため、唐木田から茨城県の取手駅まで、直通で行き来できる。

小田急多摩線の上溝までの延長は町田市が当初から計画されていたが、正直、実現性は薄いと考えられる。ただ、小田急は前向きなので、後は事業費のねん出と用地買収が課題となろう。

 町田市と相模原市はかねて地元エリアへの多摩線の延伸を望んでおり、路線の概要や採算性をテーマに2年にわたって調査してきた。その検討結果によると、整備にあたっては、主体となる団体を新たに設け、整備団体が小田急に施設を貸す形をとると想定。事業費は国と自治体が3分の1ずつ出して残りは借り入れでまかない、借り入れ金は小田急からの使用料収入で返すとしている。


 運行本数は朝夕は1時間あたり急行3本と各駅停車3本、昼間は各駅停車3本を想定。通常の運賃に加えて加算運賃を100円とった場合、開業から29年目で採算がとれると試算した。


 多摩線は、1974年に新百合ケ丘―小田急永山(多摩市)間が開通し、90年に唐木田まで延びた。その先は00年に国の審議会が「今後整備を検討すべき路線」と位置づけていた。


 動きが活発になったのは06年。在日米軍再編計画で、JR相模原駅(相模原市)に面した相模総合補給廠(しょう)の一部について、鉄道・道路用地としての返還に合意。今回、その返還予定地を経由する路線を想定した。


 ただ、新駅の位置や、さらに具体的な財源確保の方法などは今後の検討課題としている。現在の多摩線の運行本数は、今回の検討の中で延伸部分で想定している本数より多く、乗客側の視点に立って利用しやすさをどう考えるかという課題もある。


 町田市の石阪丈一市長は6月の市議会定例会で「今後、地元の意見をうかがい、事業着手に向けた論点整理を行う。合意形成のために意見交換会を行う必要がある」と述べている。(金子元希)

2011/07/05

東京・江東区、有楽町線延伸「上下分離」方式で


今月1日付けの日経新聞で江東区が有楽町分岐線の豊洲~住吉の上下分離方式による事業計画案をまとめた、との記事が掲載された。

この区間は2000年の運輸政策審議会答申第18号に「2015年までに着手することがが望ましい」とされている。江東区はこの案を元に東京都や東京メトロと交渉を行い、延伸が見込まれる墨田区、葛飾区、千葉県松戸市などにも、第三セクターへの参加を求めるよう、話をするようだ。
つまり、最終的には野田市が掲げている、東京直結鉄道との連携を視野に入れているようだ。尚、さらにその先も茨城県坂東市が延長を求めている。
現状、東京メトロは将来の株式上場を控え、有利子負債を圧縮したいとの意向から、建設距離に対して乗客数が少ない郊外部での新規路線の建設には消極的であり、仮に建設するのであれば埼玉高速鉄道のような第三セクター方式の採用が必要であると言われており、地元の相当な負担は避けられない情勢だが、上下分離方式はそれをさらに進めたものと言えよう。
住吉から先は四つ木までが半蔵門線との共有区間で、既に押上までは開業している。仮に住吉まで開業しても、その先をどうするのかがなければ、実現性はやはり薄いと言わざるを得ないのではないか。

2011/06/26

西武鉄道の今後を株主総会の議事録から考える


関東大手私鉄のうち、この記事を書いている段階で発表が無いのは京王電鉄と西武鉄道である。
ここ数年発表の無い京王はまだしも、昨年度まで律儀に公表していた、西武が今のところ、発表が無い。このまま、出てこない公算が強いが、そこで自分なりに考察する事にした。
と、言ってもなにも資料が無いのは心もとないので、を参考にする事にした。

ここには、23日の株主総会での質疑応答が書かれているが、いくつか重要な事が書かれているので、それを元に考察していきたいと思う。

まず、気になるのは今年度の車両の増備。30000系「スマイルトレイン」は2007(平成19)年から5年で120両(8両編成×12、6両編成・2両編成×3)を導入する事になっている。このうち、既に8両編成×9、2両編成×3が投入され、残りは8両編成と6両編成が3本ずつと言う事になるが、2011年度がその5年目にあたる。
今回の株主総会での西武側の回答は

「来年度までに120両導入する計画で、順調に進捗している。」

この「来年度」が2011年度なのか12年度なのかが分からないが、120両を導入すると言う事は変わらないようだ。だが、そもそも6両編成は製造するメリットがあるのか、というのは当初から言われていた。現状では国分寺線ぐらいしか使い道が無く、しかも3000系が6両編成に短縮されたことから、「30000系の6両編成はなくなった」とまで言われている。それとも、別形式を製造するのかとも考えたが、この「順調に進捗している」という文言がやや気にはなる。

次に「拝島線の強化」についての質問が出ている。これは恐らく、現状単線で残っている区間(玉川上水~武蔵砂川、西武立川~拝島)の複線化やラッシュ時の田無準急の拝島線への延長等が考えられるが、「輸送力から見て不要」と回答している。

最後に飯能線と車両基地についての質問。飯能線とは元鍛冶~東飯能をショートカットする為の短絡線で貨物輸送が目的で計画されたが、現状は旅客の減少もあり、計画そのものが無くなっている。車両基地については「周辺道路を整備している」と回答しているが、どこの車両基地なのかが不明だが、考えられるのは安比名線(休止中)ぐらいだが、現状、とても復活しそうには見えないが。

2011/06/17

京葉線201系、引退間近!


http://www.asahi.com/travel/rail/news/TKY201106150465.html

御存知の方も多いだろうが、京葉車両センターの201系はいよいよ終焉を迎えようとしている。

公式には20日で引退と言う事だが、セレモニー等は行わず、どの運用に入るかも状況によってとの事。

さて、毎度のことながら問題になるのが、いわゆる「撮り鉄」によるマナー問題。特に9日に起きた201系車内からの顔だしや赤色カンテラはかなり問題になった。東京駅ではホーム幅の狭い場所では撮影禁止の措置が取られ、新木場や舞浜、新浦安といった所ではトラブルが多発しているそうだ。

撮影そのものは自分も行うし、特にコンデジなので駅撮り専門となっているので、あまり偉そうな事は書けないが、特に「ラストラン」や「復活」といった、撮影期間が限られているものはやはり人が集中し、同時にトラブルが起こりやすくなっている。

http://dai.ly/lbShyy

この動画は豊田車両センターの201系の定期運転最終運用の豊田行を国分寺で撮影したもので、通勤快速との待ち合わせの為、比較的長時間停車していたが、この時はフラッシュ撮影に対し、運転手から注意されると言う事態になり、夕刊フジで記事になった。

残り4日となった、京葉線の201系。最後まで無事に運用される事をこころから祈りたい。